主人が3年間の闘病生活の末亡くなり2年が経ちました。

私は今34歳、子供はいません。

3年前に主人の父からプロポーズされ悩んだ末に承諾しました。

戸籍上結婚は出来ませんが事実上の結婚、事実婚です。

何らかの事情で結婚できない、結婚制度に疑問がある、住民票が同じで同一生計をしている等々が条件らしいです。

義父は現在61歳、まだお仕事もバリバリしています。

義父とは主人の元へと継いだ時から同居をしていて、とてもやさしく私たち夫婦を見守ってくれていました。

しかし、主人の病気が発覚し即入院になってしまったのです。

先日までは良き夫婦として生活していたのに、主人が入院してからは私は2重生活になってしまいました。

毎日毎日の入院生活の世話に疲れていた頃だと思います。

ふと街で若い男性に声を掛けられ着いて行くところを義父に見られてしまったのです。

「奈美さん、何処へ行くんだ。」

そう言われたときに我に返りました。

恥ずかしくて男性と義父を置いてその場から離れ逃げ帰ったのです。

あとから考えると義父が声を掛けてくれなかったら私はどうなっていたのか。

その日の夜、私は義父の前で正座をして謝りました。

「いいんだよ、親子でも辛いのに夫婦となればそれ以上だ。普通の神経じゃ暮らせえないから。」

お義父さんがそう言ってくださったときには涙が出てしまいました。

主人が入院してから夫婦の会話は増えましたが、夫婦の営みはすっかりなくなっていました。

主人が入院して2年が経った頃、義父から、「私と結婚して欲しい」と、プロポーズされました。

なにかの冗談だと思っていましたが、義父から渡されたのは署名入りの婚姻届けでした。

「息子の嫁と結婚出来ないのは分かっている。でも私は奈美さんと一緒になりたい。良かったら署名をして役所には出せないが持っていて欲しい。」と言われました。

その時にはすでに主人の半年と言う余命が私と義父には伝えられていたのです。

1か月後、私は役所からもう1枚の婚姻届けを貰って署名をし、義父に渡していました。

お互いが1枚づつの婚姻届けを持ち、事実婚の生活が始まったのです。

もちろんその時点で主人はまだ生きているので重婚になります。

その重婚の時期は余命半年が1年間長くなりました。

主人と夫婦生活をしていた6年間は子供が出来なかったのに、義父と夫婦になり営みをするとすぐに妊娠しました。

まるで義父とは新婚旅行は行っていませんが、ハネムーンベビーのようだったのです。

妊娠が分かったときには主人がいたので主人の子供として産みました。

子供にとっても義父との事実婚がどうなるか分からないので、戸籍上の手続きをすることで主人と私の子供として籍が入ると分かっていたからです。

しかし、主人が亡くなりその後の第2子の子は義父が認知してくださいました。

今の主人(義父)とは毎晩一緒のお風呂にも入り、歳なので毎日とはいきませんが、それでも週3のペースで私を満足させてくれ頑張ってくれています。

休日や前日の夜は寝室だけではなく、私が後片付けをしている台所で私を求めてくるのです。

私も義父も2度目の結婚、でもまだまだ新婚気分で幸せに暮らしています。