前話

その日、母は朝から美容院へ行き、和服を着こんでいた。
和服姿の母はアップにした髪も艶やかな見事なまでの美婦人だった。

豊満で長身の母は「着物は似合わない!」と言って
滅多なことでは和服を着ることがない。
しかし、女を知り尽くした輩には興をそそるものでもあったのだろう。

「次は和服で来なさい」

その一言で母は着なれない和服を着ることになった。

豊洲界隈、特に下町然とした枝川や塩浜あたりで働く者達は
青年から老人に至るまで母を知らぬ者など居ないはずだ。
しかし、このメイクをばっちりキメタ和服姿の美女には
顔見知りの男達でさえも気づかず、
度々振り返っては「うわー良い女」などと声を漏らして見惚れている有様だった。

それでも、ごく稀に目聡い男が「え?!あれ、遥姐さんじゃないか!」などと驚きの声をあげたりする。

その度に母は下を向いてキッと口を引き結びながら足早に通り過ぎていく。

彼らのうち誰が想像できただたろうか、姉御肌、男勝りとして名を馳せるこの女社長が
これからどんなことをするのか。
いや、この俺自身、この時は、まだ分かっていなかった。。。
せめて予想や予感めいたものだけでもあれば、俺は命がけで母を止めていたはずだ。

いったい、どうしてこんなことになってしまったのか。
その問いの答えは既に充分すぎる程、分かってはいる。
だが、俺はどうしても”そいつ”を考えたくなかった。
だから、脳裏にこびり付いて離れない”そいつ”を振り払おうと、いつも必死になって頭を振ってみる。
しかし、どうやっても悪夢は消えてはくれない。
実際に俺がこの目で見たものなど、母が味わった苦痛のほんの一部でしかない。
悪夢と言うには、とても生ぬるいのかもしれない。
それでも、毎度あの下品な笑い声からスタートする悪夢は、
頭の中を支配していて、ジワジワと俺を蝕んでいく。。。。

「うわっはっは、酸っぺえwこりゃあ酸っぺえわw」

途端に母の顔が朱に染まる。

「し、仕方ないでしょ。仕事で汗を流した後なんだから!」

「これがガテン系ってヤツだね?
確かに、いつも品のある淑やかな女だけじゃ物足りなくなってくる。
たまには、こういう肉体労働の女を抱くのも面白い
汗水たらして働いた後、シャワーも浴びさせずに連れてきたのも、なおポイントが高い