僕の実家がある場所は田舎で、そこはいわゆる秘湯というやつで、朝に1本、夕方に1本しか、電車が止まらない無人駅があります。

そこから更に車で3時間程、人里離れた山の上にある、地元では大きな老舗で某有名な温泉旅館で母は、仲居の仕事をしていました。

母は、シフト制のフルパートで、朝から最低10時間以上の勤務で、仕事があまりにも多忙でもの凄く忙しいときは、そのまま、旅館に泊まることもあります。

ある日の平日、僕は実家から母を迎えに行くことになりましたっ。

実家から、温泉旅館、まで、車で15分くらいの所にあり、母の仕事のシフトが終わる時間「午前9時」より、10分程早く着いたため、旅館の1階の待ち合いホールで母の仕事が終わるのを待っていました。

すると、急にどやどやと怖そうなヤ〇ザらしき男達「40人程」が旅館に入ってくるのを見てしまいました。

男達は酒気を帯びていて、好きなことを言い合っていて、ある某、旅館の仲居の女「パートできていた普通の主婦」やここの旅館の女将ともやったことがあるという、類の話しが多かった。

ちょうど、そのとき仲居姿の母が忙しげに1階のメインホールの廊下を通り過ぎるのが見えました。

50歳位の角刈りで、眼光の鋭い、いかにもヤ〇ザの組長らしき男の人が、1階のホールの廊下を通り過ぎる、母の仲居姿をじっと目で追っているの「目撃して」しまいました。

そのヤ〇ザのような男の人が、今さっき、そこ「廊下」を通った仲居姿の女、体型は、ぽっちゃりだけど・・・でも・・・だいぶ・・・いい体はしてたなぁ・・・「あのムチムチとした太もも・・・あと脚・・・大きいお尻・・・」あと、おっとりとした物静かそうな雰囲気・・・久々に、なんか、やりたくなってきたなぁ・・・どうしても、あの女には、相手をしてもらいたくなったから、とにかく探して、すぐ呼んでこいといい・・・見つけたら、ここにすぐ、といい、母が向かって、行った方向に男達、数人が走っていきました。

男達数人に押されるようにして、1階のホールにこっそりと連れてこられたのが母でした。

男達は母の仲居姿を他の人に見えないようにして囲んでいました。

母は、さすがに緊張した様子で親分の男が座っている場所「ソファーの所」に膝まづいて正座で座っていました。

母は、緊張のせいか、すぐ近くで、様子をこっそり見ていた僕の姿には気づく気配はまったくありませんでした。

親分らしき男のひとが、にやにやしながら、俺達の相手をしてくれないかと、口説くような感じで言うと、母はびっくりしているのかぁ、あと恥ずかしさからくる、せいなのかぁ、うっすら、ほっぺが赤くなってきていました。

母は親分の男に「いいえ・・・私には・・・そんなの・・・絶対に無理ですぅぅぅ・・・」と語尾が消え入りそうな感じの小さい声で力なく震えながらも「断わる感じで」俯いていると、親分の男は強引に母の手を取って、いやらしく、さすりながら、「ヤ○ザとS○Xなど体験」した事はあるかい??まだないだろう??かなりいいもんだぜっ。

あんたの腰が抜ける程、何度もよがらせて、たくさん「逝かせて」やるからよと言うと、母は「すいません、もう無理ですっ・・・勘弁してくださいといい・・・」小走りに去って行きました。

この母の様子を親分の横で見ていた男のひとりが、あの女、口説かれて、慌ててはいるけど、あれは、もうひと押ししたら、おそらく落ちますよ・・・というと、親分の男は「おおっ、そうかぁ、」お前が言うなら間違いがないなぁっていうと、親分の男はもう一度、あの女に話をすぐ付けて来いと言うと、すぐ数人の男の人達が走っていきました。

その男達の一人が数分もかからず、すぐ戻ってきて、何やら小声で、ニヤニヤしながら、親分の男にささやいていました。

あの女に、最終手段の口説きをしたら、完全に落ち、泊まりでの相手をしてもらうことも、了承、「完全に承諾」をもらいました。

女には別の部屋で「仕事で身につけていた仲居の服装・・・姿から、着替え「浴衣」をするように指示してあります。

浴衣の下は、下着類の未着用と足元に履いてる白の足袋も脱ぐようにといい、俺達の部屋に移動するとき、女には素足のまま草履を履くようにと指示し、着いたら、女には部屋の中で待機するようにと言ってあります。・・・ってというと・・・親分の男は「おぉっ、そうかぁ」良くやったぁって、ボソッと言うと、そのまま立ち上がって、移動していきました。

もうこのときには、母は男達との相手をすることが、決まっていてたんだとおもいます。

あの男達がほとんど移動して、居なくなったときに、まだ近くにいると思って探しましたが、このときには、移動していった、あとなのか、母の姿はもうなく、何処にも、見当たりませんでした。

男たちのひとりが去り際に僕のほうを見ながら、ニヤリと笑いながら急いで去っていきました。

僕は不安になり、別の職員に聞くと「今日のシフトの時間はもう終わってるはずだから、とっくにもう帰ったはずよと言われました。

僕はこのときから、すでに半分、諦めていたので、家に帰宅しました。

午後18時になっても、帰って来なかったので、母のことを女将さんに電話で、いろいろ聞いてみると、声が震えているような感じがしていましたが、お母さんは、ただ、仕事が忙しいだけと、落ち着いた感じのことを、言われたので、僕は一言も返せませんでした。

たまたま、携帯「メールのフォルダー」を見たときに、「母からのメール」団体客が入り忙しいので旅館に泊まるっていう感じの文章がきていたのをこのとき、気づきました。

母の帰りをしばらく、ずっと、家で待っていました。

このとき、夜21時半を過ぎようとしていました。

母の姿を見てから「12時間が経とうと、していたので、旅館に行ってみることにしました。

ヤクザの男たちが、どこの階の部屋に入っていったのかは、正直わからなかったのですが、しばらく探していると、離れのある棟のすべての階が貸切になっていることに気づきました。

最初、その棟に入ったとき、誰一人、居ないっていう感じの、もの静かな「静寂な」雰囲気でした。

薄暗い廊下を歩いて、ある階のだいぶ奥のほうにある部屋のほうに近づくにつれて、かすかに何かの物音が聞こえてきました。

更に薄暗い廊下を奥へと歩いて、近づいていくと、かすかに女の声が聞こえてくるのが少しずつ分かりましたっ。

いつも、家にいるときや、仕事中も、もの静かで大人しく、おっとりとした感じで、誰に対しても、よく微笑んでいる印象があるのと、シングルマザーとして、僕を優しく、育ててくれたそんな母が・・・「あっ、あっ、あァっ、あァっ、あっ、あっ、あぅぅ、いやぁ、、、ああっ、、、ああぁ、、、もうだめぅぅぅ、あっ、ああああ、、、もうぅ、いやぁぁぁ、ああん、そこ、だめぇ、そこだけは、ほんとに弱いの、もうダメェ、いやぁ、いやぁ、ああああっ、はあぁぁん、あぐぅぅ、いいっ、あっ、あっ、ああぁ、いぐぅ、、、いぐぅぅぅぅぅ、うぁあ!いやぁ!いったばかりなのに、もうだめぇ、いやぁ、あんっ、あぐぅぅ、あぁぁ、もうらめぇ、いやぁ、ああん、ああん、いくぅぅ、いいぃくぅぅぅ、いぐのぉぉぉ、ぁぁぁ、もうらめぇ、いっしゃうのぉぉぉ、あああっ、またいっちゃう、イクぅ、イクぅ、いぐぅぅぅぅ、あああああああんっ、もうくるぅしぃぃ、いやぁぁぁ、ああああっ、おかひくなるぅぅぅ、あああああ、いやあああっ、ああんっ、もうらめぇ、ダメぇぇ、いっちゃう、イグぅ、イグぅ、いぐぅぅぅ!!ああっ、ああっ、ああん、いいっ、いひぃ、いいっ、ああんっ、アナル、いれちゃぁだめぇぇぇっ、くるしぃ、くるひぃ、あああんっ、ひぃぃっっ、あっ、あっ、あァっ、あァっ」、部屋の外、廊下まで、響くほどの、今まで聞いたことないくらいの甲高く大きくなるほどの声を出しいる母の「乱れている」姿は正直、まったく想像、出来ませんでした。

ほんと、このときまで、ずっと母であってほしくないと思っていました。

その、願いは、叶うことはありませんでした。

「ああぁ、いっちゃう、いっちゃう、いくぅぅぅぅぅ」っていう、更に甲高い声が聞こえてきました。

そしたら、あの親分の男の人の声「いい潮やっていうの」が聞こえてきました。

部屋に電気がつけられたとき、中で「パンパンという」物音をさせていたのは親分の男で・・・部屋の中でひたすら甲高く大きく声を出していたのが、やはり僕の母でした。

仕事中、母は、長い髪を綺麗に結んでいますが、このとき、ゴムがすでに外されていて、髪型も、変わっていました。

母は顔を隠した感じで体の一部に毛布を軽く巻いてるだけで、下着類などはすでに身につけていなくて隠せるものもなく「肌白い素肌が見えていて」胸やお尻などや・太もも・脚の一部なども見えていました。

母はもう完全に「長い時間」裸の状態だと、このとき、見て、すぐにわかりました。

仕事中は必ず、ずっと、履いている、白の足袋なども、履いていなくて、普段仕事しているとき、人前で絶対にみせることは確実にない肌白い素足「の足の裏なども」みえていました。

母は裸に四つん這いの体勢で、このとき、男の性器を挿入されたまま、激しく突かれていました。

母の顔が見えていたとき、時より気を失ったような表情「白目や寄り目」になったりしていて、目の焦点がまったくあわなくなったりしていて、今まで、見たことない表情になっていました。

このとき、母は親分の男の人と、今まで休むことなく、相手をさせられ・・・イカされては・・・潮も吹かされて・・・どのくらいの時間・・・S〇Xをやらされているのか・・・時計を見たとき、0時になろうとしていて・・・「約15時間・・・」が過ぎようとていました。

男の性器が抜かると、放心したように、母はうつ伏せに横たわっていました。

母は急に親分の男から、記念撮影を促されていて、びくんと反応していましたが、母は、ゆっくりと起き上がり・・・「わかりましたとしか・・・言えなくて」・・・あきらめたように、男が構えるカメラに向かい、浴衣を着ている男と親分の男の間に母は・・・「裸のまま」座らされていました。

母は苦痛からかぁ、額には、かなりの量の汗が流れていて、肌白い背中には大量の汗の玉が無数に光っていて、だいぶ、体が濡れていました。

母の顔はいつも見ているものと違っていて、恥ずしかさや・精神的・身体的・肉体的・年齢的な疲労のせいか、顔がかなり赤く「紅潮」なっていて、表情的にもかなり、だいぶ苦しそうな感じでした。

カメラを構えてる男のひとに「もっと、にっこりと笑えよ」と、言われていて、母の笑顔は、いつも見ているものと全然違っていて、「かなりこわばっている感じで」、涙を浮かべた状態の作り笑顔のような感じで、「泣き笑いのような感じになって」いました。

男に顔汗もひどいって言われ、拭いてやるよと、言われ部屋の隅におかれていた、タオルで、顔を拭かれ、綺麗にお化粧がすべて落ちてるぜって言われていました。

母がいつもしている薄めの化粧「目元」や眉の当たり・・・口元に塗っている「口紅まで」綺麗に取れていて、母の顔は完全にスッピンの状態になっていました。

記念撮影・・・写真を撮られていたとき、母のアソコの毛「ずっと未処理だったの」が綺麗に剃られていて、ツルツル「パイパン」になっていることに気づきました。

記念撮影が終わると、母は布団の上に移動させられていて、四つん這いの体勢にさせられ、男の指が母の穴にいれられて、激しく動かされていて、母は「いやぁ、いやぁ、でっ、でちゃうぅぅ、また、でっちゃ、いぃぃぃ、ますぅぅぅっ」と、大きく声を出すと、透明な液体をビュッビュッと勢いよく噴き出していて、感じている、母の姿を、親分の男は楽しそうに眺めていました。

母は男達の相手をしている間に一番の弱点である「両足の裏」や性感帯「全身」など、弱い所をすべて知られてしまっている感じでした。

母は、男達がいる場所「部屋」にそのまま泊まり、翌日、その次の日も、仕事がある日でしたが、母は、男達が旅館に泊まっている間の・・・、「一週間」、有給を使って、仕事を休み、ずっと、男達の相手を休むことなくしていました。

母は完全に男達との間で性処理奴隷と化していました。

母が男達から解放されて自宅に帰宅してきたとき、8日目のお昼になっていました。

その後も、母は、旅館の仲居として、仕事、復帰したあとも、連休「GW期間中やお盆期間中」があった日、母は、仕事を3日間、休み、泊まりで・・・男達に呼ばれたりもしていました。